facethemusic (過去ログ)

20040421-20070301。音楽問題を中心に記載したはてなダイアリー、【facethemusic】の移行、その記録。

ジャーナリズムは要らない…

高橋健太郎氏のブログ、MEMORY LAB5/28のコラムより。
先日自分がこのサイトで、音楽評論家の萩原健太氏の受けている圧力について触れたことがあるのですが、その内容の詳細が書かれています。
以下、一部を抜粋させていただきます。

CCCDに対する辛辣な発言によって、萩原健太くんは二社のレコード会社から、制裁措置を受けている。サンプル盤が送られなくなっただけではなく、雑誌社がアーティストにインタヴューの申し込みをしても、インタヴューワーが萩原健太だと分かると、取材拒否される(結果、雑誌社は他のライターに仕事を依頼せざるを得ない)そうだ。
音楽評論家が行った「評論」あるいは「批評」に対して、そういう制裁措置を取ったりするというのは、つきつめていえば、ジャーナリズムなんて要らないよ、この世界には、というメッセージだろう。いつからそんな風になってしまったのかな? 日本のレコード会社は? どうして、そんなに敵を作りたがるのか? 評論家が、あるいは一般のユーザーが、批評をしたり、疑問を投げたりすることに、異様なほどの敵対心を向ける理由が、僕には分からない。

評論家は「媚を売る商売」ではありません。いつからそうなってしまったのだろう、と昨今のCDレヴューに疑問を想うことがよくあるのです。そんな媚売りのレヴューは、ネットで情報を(決して、音源を、ではない)共有している現在には通じなくなってきつつある、と考えています。
それに評論は公平な立場、一リスナーの立場から冷静な視野で見渡すことが大切なのであり、きちんと「批評」していくのが大切であって、たとえそのCDが良い作品といえないとしても、「評論」は行っても「非難」を行うものではありません。まして媚を売るのはもってのほか。その考え・信念をきちんと持ち合わせている評論家が、上記のような制裁を加えられる社会は、絶対に「言論の自由」が与えられた社会とは言えません。このような嫌がらせはどの社会にもあるかもしれませんが。
ただし、今回の著作権法改正の問題で少しずつでも光明が見えてきています(と信じています)。無論、社会のそのような壁の厚さ大きさは分かっていますが、こういった理不尽な社会のスパイラルを、実際の行動で糾弾することもできなくはない、と思っています。